行ってきました。
Break the KAT-TUN

「あの日から十四年」
2011年11月。
田口くんに一目惚れしてから、もう十四年が経った。
あの瞬間から、私の時間は確かに動き始めた。
気づけば、Jの事務所という広い世界の中にどっぷりと沈み、
最初は「アイドルが好きなんじゃない。KAT-TUNが好きなんだ」と言い切っていた私も、
今ではさまざまなグループに心を寄せ、
2025年の今は、無所属のジュニアを追いかけている。
それでも、心の軸にあるのはKAT-TUNである。
彼らは、私の人生を変えた存在だ。
十代の頃、身嗜みなどほとんど気にしていなかった。
けれどKAT-TUNに出会ってからは、少しでも彼らに恥の無いファンでいたくて、
少しでも「KAT-TUNが好きです」と自信持って言える自分でいたくて、鏡を見る時間が増えた。
人との関わりが苦手で、ひとりでいる方が楽だった私が、
仲間を求めてSNSを始めたのも、KAT-TUNがきっかけだった。
ハッシュタグを通じて出会った人たちと交流を重ね、
気づけば十年以上の付き合いになる友人ばかりになっていた。
あの頃、勇気を出して「繋がりたい」と思えた自分を、
全力で褒め称えたい。そしてありがとう。
当時はKAT-TUN一筋だった。
だが、ある日ふとしたきっかけでNEWSのライブに足を運んだ。2013年8月のことだった。
ステージの上で光を放つ“キラキラしたアイドル”たちを目にして、
心が震えた。
KAT-TUNとは異なる輝き。
その存在に触れることで、私の中の何かがほどけた気がした。
いろんなグループを知るうちに、
「みんな違って、みんないい」という言葉の意味を
自然と理解するようになった。
それでも、最終的に辿り着くのはいつも同じ場所。
私はやはり、KAT-TUNが一番好きなのだ。
一時期、「KAT-TUNはアイドルではない、アーティストだ」と
強く思っていた頃があった。
しかし彼らは、アイドルであることに誇りを持ち、
あの事務所の名を背負って、
どんな時もファンの前に立ち続けた。
その姿を見て、私もようやく気づいた。
「アイドルを好きでいる」ということは、恥ずかしいことではない。
むしろ、人生を少し豊かにしてくれることだと。
十四年という歳月の中で、私自身も変わった。
ハマりたての頃のように、すべてを追いかけることはもうできない。
それでもKAT-TUNは、私の日常の中に当たり前のように存在している。
“ゆるく、楽しく”続けてきたヲタク生活は、
もはや私の呼吸の一部のようなものだ。
2025年3月31日。
ライブ配信を観ながら、バカみたいに泣いた。
「こんな終わり方、許せない」と感情が渦巻き、
夜が明けるまで涙が止まらなかった。
翌日の4月1日。
田口くんが岐阜でいくつか来店イベントを行っていた。
同郷の田口担の友人たちと共に、いくつも会場を回った。
握手をして、ツーショットまで撮らせてもらった。
あの日の記憶は、今も柔らかく胸の奥に残っている。
そして2025年11月8日。
KAT-TUNの現場がなかったその日、
数年ぶりに再会した友人たちがたくさんいた。
皆、歳を重ねていたはずなのに、
笑顔は何ひとつ変わっていなかった。
それだけで、胸がいっぱいになった。
「とうとう来てしまったね」
再会の喜びと、終わりが近づく寂しさが交錯し、
心の奥が静かに揺れた。
3時間泣いたり笑ったり素敵なライブでした。
本当に幸せでした。
十四年間、たくさんの感情をくれたKAT-TUN。
あの日の一目惚れが、私の世界を広げてくれた。
これから先、形は変わっていくのかもしれない。
それでも、KAT-TUNを想う気持ちは変わらない。
彼らは、私の青春であり、
今もなお、人生の一部である。
解散ライブ後から連日、脱退したメンバーとの写真がたくさんアップされていて、「解散って何だっけ?」って思ってしまう。
SNSで「一旦、お疲れ様」の言葉を見てって期待してしまうぞ。
自担だった田口くんは行くつもりだったのに、高熱でダウンして行けなかったそうで…。
ほんと、タイミングよ…。
でも、健康が第一。どうか今は無理せず頑張ってほしい。
ハスラーKIDが出所したら、また6人の姿を見せてくれよな。
そして私は、来週の月曜日と火曜日に中丸くんのイベントへ参戦します。
元KAT-TUNの中丸雄一が魅せてくれる世界線を楽しんできます。
一旦現状の感情をアウトプットしてみました。
また中丸くんのイベントの感想書きたい。
では。
一旦、お疲れ様でした。
ありがとう、KAT-TUN。
これからも大好きです
